LACQUER ART by Isaburo KADO (1940-2005)
2019年1月3日(木) - 1月28日(月)
2019年、日日は「角偉三郎の漆」展で初春を迎えます。
角偉三郎という大きな山なくして、現代のぬりものを俯瞰することはできません。その圧倒的な洗練をみるとき、掻きむしるがごとく鮮烈が走り、心が奮うのはなぜでしょうか。これは漆器だ、器だと頭が動きはじめるのはそのあとです。角偉三郎とはなんだったのか。昭和に生まれ、平成と共に辺境の輪島から「豊かさ」「土着」「日本、アジア、世界」「職人と作家」を問い、膨大な作品を答えの代わりに遺した角さんは、孤高を生きました。今こそ彼の仕事を取り上げます。偉三郎作、おわんからへぎ板まで、幅広く揃いました。平成最後の睦月を濃密に開きます。
「生(うぶ)で正直で裸の椀という世界は、どれほど位の高いお椀と比べても劣らない」
「作者が己の技術を包むのではない。風景を持った器でありたい」
GALLERY TALK|ギャラリートーク
2019年1月5日(土) 14:00 – 15:00
参加無料/予約不要
「角さんはなにをつくったのか」
エルマー・ヴァインマイヤー
角さんとエルマーは、互いに特別な引力で惹き合っていました。1992年、ミュンヘンでの個展を皮切りに、ベルリン国立美術館、フランクフルト工芸美術館など、ヨーロッパの美術界に於いて、角さんの「NURIMONO」をキュレーションしたエルマーは、そのとき何をみていたのか。漆界に吹いた「角偉三郎」という熱風を語ります。
「漆とはなんだろうと立止まってから、木とは何だろうと広がっていた」
「新たな工房(逗ヤ房)では、自然が豊かに私をつつみました。足元の草花が人知れることもなく、いきおいを持って咲くのです。それはもう、師そのものと思ったのです」
photo by makoto kenmisaki
角 偉三郎|ISABURO KADO (1940-2005)
1940年、石川県輪島生まれ。「おまえ頭がわるいさけぃ、沈金でもやれ」という父に押され、15歳で沈金(漆に細い線を彫り、そこに金を施す技法)の名人、橋本哲四郎の下に弟子入りする。1962年に修業を終えると、角は沈金技法を用いた漆のパネル、絵画風の作品の制作に取り組んだ。ジャスパー・ジョーンズ、ジャクソン・ボロック、ロバート・ランシェンバーグ、サム・フランシスなどのアメリカの前衛美術や、クレー、カンディンスキーに強い影響を受け、現代漆芸に没頭する。24歳で日展に初入選したのち17回入選、30代で日展特選となる。
1970年代の初めごろ、角は能登半島の柳田村の寺で、古い、置き忘れの合鹿椀と出会った。この力強くてシンプルな椀に魅せられて、次第に「うつわ」としてのぬりものに関心を持つようになる。1982年、角はすべての作家活動から退き、初めて椀だけの個展を開く。この時から角は作品にサインを入れることをやめ、代わりに三つの点を並べて星のように書き入れた。星は折々に足されていき、最後は六つ星となった。
1980年代半ばからアジア各地でのうるしの伝統と現状を自分の目で確かめるために、タイ、ミャンマー、中国、ブータン、ネパールなどを旅した。西洋の現代美術やアジア各地の漆など、幅広い興味を持ちながらも、角の仕事の軸になっているのは、輪島のぬりものである。角はこの伝統を、たしかな芸術的感覚で、自由にのびのびと現代に生かした。2005年10月逝去。
【パブリックコレクション】
外務省
石川県立美術館
石川県輪島漆芸美術館
東京国立近代美術館
国際交流基金
中京大学
金沢学院大学
ヴィクトリア&アルバート美術館
パリ民俗学博物館
ギメ東洋美術館
イェール大学ギャラリー
ベルリン国立東洋美術館
フランクフルト工芸美術館
ミュンスター漆芸美術館
バイエルン州応用美術博物館